プラント

ストレイツォにシャンデリアの下敷きにされ、波紋で殺されたゾンビの一人。

レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ元ネタはレッド・ツェッペリンのヴォーカリスト、ロバート・プラント
1948年8月20日生まれ、愛称は「パーシー」。容姿端麗で金髪の長い髪をなびかせながら歌い、セックスシンボル扱いもされたが、同時にシンガーとしての実力も兼ね備えていた。大音量のツェッペリン・サウンドに負けない声量と幅広い声域を持ち、特に艶のある高音域は素晴らしかった。しかし、長期に亘る過酷なコンサートツアーに加え、長年の不摂生がたたり、次第に美しい高音は出せなくなっていった。1975年にロードス島で交通事故に遭い、1977年には当時5歳の息子カラックを病気で亡くなった。1980年にジョン・ボーナムの死によって、レッド・ツェッペリンが解散した後はソロとして活動を開始。1994年にはジミー・ペイジと共にペイジ・プラントとして来日した。

映画「レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ」はレッド・ツェッペリンのセミ・ドキュメンタリー映画。ニューヨークで1976年に公開された。単なるロック・コンサートの記録映画ではなく、メンバー各自がアイディアを出したイメージシーンが挿入されている。メンバーの家族が出演するシーンもあり、若き日のジェイソン・ボーナム(ジョン・ボーナムの息子で、後にドラマーとなった)や、若くして亡くなったカラックも出演している。



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